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福岡地方裁判所 昭和51年(ワ)831号 判決

原告

照夫こと

森川照男

右訴訟代理人

小泉幸雄

被告

吉村アクチブ産業株式会社

右代表者

吉村英輔

右訴訟代理人

國武格

八谷時彦

主文

一  被告は原告に対し、金一七三万八、三〇〇円及びこれに対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告対し、金四六三万三、一〇〇円及びこれに対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外渡辺正明から、福岡市博多区上牟田町五九番地所在の木造瓦葺平家建店舗兼居宅床面積59.50平方メートルの北側部分(別紙図面(ロ)の建物)を賃借し、「上牟田更科」の名称で飲食店を経営していたものである。

被告は、高圧ガスの製造販売等を業とする会社で、右上牟田更科(以下単に更科という。)の店舗裏別紙図面表示の場所にプロパンガス容器六本を設置し、原告の更科及び訴外宮田稔が別紙図面(ハ)の建物で経営していた食堂「どんたく」の店舗にプロパンガス(以下単にガスともいう。)を供給していたものである。

2  事故の発生

昭和五〇年四月二八日午前一〇時四一分頃、前記のとおり被告が更科店舗裏に設置していたプロパンガス容器のうち南端の一本が転倒し、右容器から噴出したガスに引火して燃えあがり、そのため更科店舗が全焼したのを始め、近接の建物が全、半焼し、原告は後記の損害を被つた。

3  被告の責任

(一) 本件プロパンガス容器は土地の工作物と解すべきところ、これらは不安定な土台の上に設置され、かつ転倒防止のための鎖も取り付けられておらず、また、老化したホースで配管されるなど、その設置及び管理に瑕疵があつた。そのため容器が転倒し、ガスを噴出して火災事故を惹起したのである。

しかして、被告は、右ガス容器を所有、占有していた者であるから、民法七一七条一項に基づき本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 仮に、右主張が理由がないとしても、被告は、危険物であるプロパンガスの販売業者であり、プロパンガス容器の設置につき安全性を常時確保し、ガス漏れ、ガス爆発の危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるところ、被告はこれを怠り、前記のように、ガス容器を不安定な土台の上に設置し、かつ鎖の取り付けを怠るなどの過失があつたから、民法七〇九条により原告の損害を賠償する責任がある。

4  原告の損害

(一) 店舗の焼失による損害

金三九五万二、〇〇〇円

(1) 店舗内装費

金五八万四、〇〇〇円

(2) 店舗什器備品類

金三三六万八、〇〇〇円

(二) 休業損害  金一五三万円

原告は、本件事故当時、更科を経営して一か月平均金三四万円の収益を得ていたが、本件事故による店舗焼失のため三か月間休業を余儀なくされ、その間の得べかりし利益金一〇二万円を失つた。

また、開業後三か月間は従前の五〇パーセントの収入しか挙げられず、その差額金五一万円の損害を被つた。

(三) 損害のてん舗

原告は本件事故につき、火災保険金一二六万八、九〇〇円を受領した。

よつて、右(一)、(二)の計からこれを差し引くと、損害残額は金四二一万三、一〇〇円となる。

(四) 弁護士費用

原告は、本件原告訴訟代理人に対し、本訴の提起、遂行を委任し、報酬として金四二万円を支払う旨約した。

5  よつて、被告に対し、以上損害合計金四六三万三、一〇〇円及びこれに対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項は認める。

2  同第2項のうち、原告主張の日時、場所において、プロパンガス容器が転倒し火災事故が発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同第3項のうち、本件プロパンガス容器が被告の所有であつたこと、右容器が鎖等で固定されていなかつたことは認めるが、その余は否認する。

4  同第4項の事実は知らない。

三  被告の主張

本件事故発生の原因は、原告経営の更科の従業員訴外古田英代が、同店舗裏に置いてあつたしよう油容器からしよう油を抜き取ろうとしていた際に、本件プロパンガス容器に触れてこれを倒したため、その衝撃で容器の配管部分が外れるなどによりガスが噴出し、更科調理場の大釜の残り火に引火したことによるものである。

よつて、本件事故は訴外古田の過失により発生したものであるから、その責任は専ら訴外古田ないしその使用者である原告が負うべきであつて、被告には責任がない。

仮に被告に責任があるとしても、原告側にも右のとおり過失があるから、損害額の算定につきこれが斟酌されるべきである。

四  被告の主張に対する原告の認否

訴外古田が本件プロパンガス容器を転倒させた旨の主張事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

第四  訴訟告知〈省略〉

理由

一請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

また、同第2項のうち、原告主張の日時、場所でプロパンガスへの引火による火災事故が発生したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、右火災により原告賃借中の更科店舗を含め別紙図面記載1、2、3の各建物が全焼し、4の建物が半焼したことが認められる。

二そこで、右火災事故についての被告の責任につき検討する。

1  〈証拠〉を総合すると、次のような事実を認めることができる。

(一)  被告会社は、本件事故の数年前から、前記争いのない事実のとおり、原告の更科及び訴外宮田のどんたく各店舗にプロパンガスを供給するため、更科店舗裏にプロパンガス容器六本を設置していたが、右容器からのガスは更科、どんたくの二店舗で共用されるもので、六本の容器がホースで連結されており、まずそのうちの三本からガスが供給され、容器内のガスがなくなると今度は他の三本からガスが供給されるというように、三本ずつ交替で自動的に切り替えられる仕組になつていた。なお、右両店舗へのプロパンガスの供給設備そのものは、原告や訴外宮田が右各店舗を訴外渡辺正明から賃借する以前からすでに設置されていたもので、同人らは、前賃借人に引き続いてこれを利用していたものであつた。

そして、右プロパンガス容器は、右のような供給方式であつたところから、ほぼ一週間おきくらいに、被告会社の従業員が、順次空になつた三本の容器を新しくガスを満たした容器と取り替えていたもので、六本の容器のうち三本は本件事故発生日の三、四日前に、他の三本は約一週間前にそれぞれ取り替えられていたものである。

(二)  右プロパンガス容器は、自重四七キロ、ガス容器五〇キロの大型で細長い円箇状のもので、更科裏のコンクリート敷犬走りの上に立てて設置されていたところ、右犬走りには若干の傾斜があり、また凹凸などもあつたため設置された容器が安定を欠き、ガス容器が転倒するおそれがあつたにもかかわらず、被告会社は、北側(別紙図面3の建物寄り)の二本につき金具で建物の壁に固定する処置をしていたのみで、他の四本については、その転倒を防止するため鎖を取り付ける等の何らの措置も講じていなかつた。

(三)  しかして、原告は、右プロパンガス容器の南側に近接して、一升びん収納用の木箱を二段に積み、更にその上に一八リツトル入りのソース容器と三六リツトル入りのしよう油容器をそれぞれ二個ずつ積み重ね(別紙図面記載のとおり。)、なお、右木箱とガス容器との間には、段ボール箱を平らにしたものを数枚縦に押し込むようにして置いていた。

(四)  本件事故当日の昭和五〇年四月二八日、原告は午前一〇時頃配達のため外出し、更科店舗内には、原告の妻と、従業員である訴外古田英代及び他の二名の従業員が残つていた。

右古田は、午前一〇時三五分頃、前記のとおり店舗裏に置かれていたしよう油容器からしよう油を汲み取るべく、裏側出入口から店外の路地へ出て、上段のしよう油容器は空であつたのでこれを下におろし、下段の容器からポンプでしよう油を持参のかめに移そうとしているとき、前記のとおり設置してあつたプロパンガス容器のうち南端の一本が路地の方へ向けて倒れ、弁のところからガスが音を立てて急激に噴出し始めた。

訴外古田は、右ガス噴出の勢いに動転し、容器の弁を閉めてガスの噴出を止めるなどの措置をとることなく、その場を放置して更科店内にかけ入り、原告の妻らに急を告げて同人と共に店内のコンロの火を消したうえ、近隣に大声でガス漏れを知らせ火を消すよう告げて回つた。

しかし、転倒したガス容器から噴出するガスは、数分後には更科店舗裏の路地(幅約1.6メートル)内に充満し、更に開いたままになつていた更科店舗裏口から同店内に進入し、同店内うどん釜用のガス炉の残り火か若しくは電気冷蔵庫のサーモスタツトからの火花によつて引火して爆発するように燃え上がり、次いで路地内に充満していたガスにも引火して同様に爆発状態で燃え上がり、消防署員が適切な消火活動を行なういとまもなく、本件更科店舗ほかの建物に燃え移つてこれを焼失してしまつた。

2  右認定のように、本件火災事故の原因は、プロパンガス容器の転倒によつて漏出したガスへの引火によることが明らかであるが、右ガス容器転倒の原因について考えてみるに、甲第一六号証の記載によると、訴外古田のしよう油を取りに更科店舗裏の路地に出ていたころ(すなわち本件ガス容器が転倒したころ)同路地には他に誰も居ず、また同人はその前後に同所を通行した者の存在にも気付いていないことが認められるところ(なお、本件全証拠によつても、当時右路地を通行した者があつたことはうかがえない。)、一方、乙第一一号証の記載によると、本件のような相当の重量のあるガス容器は、普通に置かれているかぎり、上部をかなりの力で押すなどの力を加えないと容易に転倒しないことが認められ、右事実、及び、本件ガス容器は少なくとも三、四日前から設置されていたことよりして、その設置に安定さを欠いていたとしても他から外力が加えられることなしに自然に転倒するような状態であつたとも考え難いことや、更に前示認定の諸事実を考え併わせるならば、本件ガス容器が転倒したのは、訴外古田が、しよう油容器からしよう油を汲み取ろうとする際、誤つて本件容器に触れこれを動かしたことによるものと推認するのが相当であり、〈証拠判断略〉。

しかし、前示の状況から判断すると、訴外古田において、本件転倒したガス容器を直接押したり引いたりして強い力をこれに加えたものとは考え難く(あえてそのようなことをする必要があつたことをうかがうに足りる事情の存在は認められない。)、むしろ、右容器との間に狭んであつた段ボールなどを介して、比較的軽い力を加えたに過ぎないものと考えるのが合理的である。そして、このことよりすると、被告が設置していたガス容器のうち、少なくとも本件転倒した容器は、小さな外力の作用によつても容易に転倒するような、極めて不安定な状態に設置されていたものと推認せざるを得ない。

(なお、〈証拠〉によると、本件のようなプロパンガス容器は、下面が丸くなつているため、これを立てたときに安定するように、その下部にスカートと称する台が熔接されていることが認められるところ、〈証拠〉によれば、本件事故後、本件転倒したガス容器が設置されていた付近に、スカートだけが一個残つていたことが認められ、右事実によつて考えると、本件転倒したガス容器については、スカートが容器に接着しておらず、安定用の台としての機能を果たしていなかつたのではないかとの疑いも強い。)

3  以上の事実を前提にして、被告の責任の有無につき考えてみる。

(一) 原告は、本件プロパンガス容器は、土地の工作物である旨主張するが、本件の如く常時頻繁に取り替えられていたガス容器をもつて、土地の工作物とみることは困難であるから、この点の原告らの主張は採用できない。

(二) しかし、被告は、プロパンガス販売業者として、一般消費者らにガスを販売する場合、その安全性に十分配慮して容器等を試置し、更に常時その安全性を維持管理する業務上の義務、及びガスによる災害の生じるおそれがある場合、それを防止する措置を講じる業務上の義務があることはいうまでもないところ(昭和五三年七月三日法律第八五号による改正前の液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律一条、一五条、一六条、同施行規則七条等参照)、前示事実によれば、被告は、本件転倒したガス容器を含む四本の容器につき転倒防止のための鎖等を施していなかつたのみならず、少なくとも本件転倒したガス容器については、極めて不安定な状態でこれを設置していたのであるから、すでにこの点において右義務を怠つていたことは明らかである。

加うるに、前示認定の事実によれば、本件ガス容器が転倒した際、これに装着してあつたホースが容器から外れたため内部のガスが噴出したものと考えられるが、〈証拠〉によると、本件のような大型のガス容器には通常耐圧ホースが使用され、容器にはねじ込み式の金具で取り付けるので容易に外れるものではないことが認められるところ、本件においては、容器が転倒しただけでホースが外れてしまつたのであるから、この点からみると、ホースの容器への取り付け方、ないしホースの材質の選択についても、被告に落ち度があつたものと認めるのが相当である。

そうすると、本件火災事故は、被告の過失に起因して発生したものというべきだから、被告は、これによつて原告が被つた損害を賠償する義務がある。

4  過失相殺について

原告の従業員訴外古田が、前示のように誤つて本件プロパンガス容器に触れてその転倒の原因をつくつたことはもちろん同人の過失というべく、更に、このような場合、容器からのガスの漏出を防ぐために弁を閉め、或いは噴出したガスが店舗内に進入しないように出入口や窓を閉めるなどの措置をとるべきであるのに、何らこのような措置をとらなかつたことが、本件火災事故発生の一因となつたとみられるから、この点においても同訴外人に過失があるというべきである。

したがつて、本件事故については、原告側にも過失があり、損害賠償の額を定めるについては右原告側の過失を斟酌するのが相当である。

しかして、本来プロパンガス容器は正常に設置されているかぎり容易に倒れるものではないし、倒れたとしてもホースが外れてガスが噴出する可能性も少ないのであるから、訴外古田がガス容器に触れたことを重大な過失と評価することは到底できず、またその後火災発生防止の適切な処置をとらなかつたことも、異常な事態に直面した者として、とつさの場合冷静に最善の措置をとり得ないのもある程度やむを得ないことと考えられるので、これらを考慮し、当裁判所は、原告側の過失の割合を二、被告のそれを八と判定する。

三損害額について

1  店舗内装費用

〈証拠〉によると、原告は昭和四六年五月頃本件更科の店舗を賃借して飲食店を開業するに際し、金五八万四、〇〇〇円を右店舗の内装、改装費に支出したこと、ところが、本件事故による右店舗焼失のため、原告は新たに店舗を賃借せざるを得ずその内、改装に右金額以上の出捐を余儀なくされるに至つたことを認めることができる。してみると、右金額をもつて本件事故により原告に生じた損害とみるのが相当である。

2  什器備品類の焼失による損害

〈証拠〉によると、原告は、本件更科店舗賃借後、合計金三一六万八、〇〇〇円で什器備品類を購入してこれを右店舗に備え付けていたほか、現金約二〇万円を事故当時店舗に保管していたが、本件事故により全部これらを焼失したことが認められる。しかして、右購入後の年数などを考慮し、これら什器備品類の本件事故当時の価格は、購入価格の約半額にあたる金一五八万円と認めるのが相当で、これと右現金二〇万円との計金一七八万円がこれらの焼失による損害と認める。

3  休業損害

〈証拠〉によると、原告は、本件事故当時、更科店舗による飲食店営業で一か月平均三四万円の純収益を得ていたところ、本件事故による右店舗焼失のため休業のやむなきに至つたことが認められるが、原告の業態に照らし、新規に店舗を探したりその内、改装などのために少なくとも三か月間は要するものと考えられるので、その間の得べかりし利益金一〇二万円をもつて原告の休業による損害と認めるのが相当である。

なお、原告は、新規開業の収入減による損害の賠償も請求するが、右収入減の事実を認め得る証拠はないうえ、そもそもかかる収入減をもつて本件事故と相当因果関係のある損害とすること自体疑問があるので、いずれにしてもこの点の原告の主張は採用できない。

4  過失相殺

右1ないし3の計金三三八万四、〇〇円のうち、原告側の過失を考慮し、被告が賠償すべき額はその八割にあたる金二七〇万七、二〇〇円と認める。

5  損害のてん補

右額から原告が受領を自認する火災保険金一二六万八、九〇〇円を控除すると原告の損害額残額は金一四三万八、三〇〇円となる。

6  弁護士費用

〈証拠〉によると、原告は本件訴訟の提起、遂行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、手数料等として金三〇万円を支払い、なお謝金として認容額の一割相当額を支払う旨約していることが認められるが、右弁護士費用のうち、被告に負担させる額は金三〇万円をもつて相当と認める。

四結び

以上のとおりで、原告の本訴請求は、右三の5と6の計金一七三万八、三〇〇円及びこれに対する昭和五〇年四月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものとしてこれを認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(柴田和夫)

図面〈省略〉

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